Archive for 12月, 2008
【所信】 【理事長】田中由晃
はじめに
1911年、このまちに日本で初めての飛行場が造られ、同年4月5日午前5時37分当時のパイロットであった徳川大尉は、アンリ・ファルマン機を駆り所沢飛行場から未知の世界「大空」へと飛び立ったのです。
高度10m・飛行距離800m、飛行時間は1分20秒と、今の技術からすれば他愛も無い記録だったかもしれません。しかし、この一歩が今の日本の航空史の第一幕であり、この国の航空技術の先駆けとなっているのです。そうです、所沢には空を目指し挑戦した魂があるのです。
1949年、第二次大戦後の復興と同時期に、日本にも初めての青年会議所運動の火が灯されました。それから15年後の1964年、この所沢市にも青年会議所が誕生したのです。最初の20年は「何をやったらいいのだ」まさに手探りの状態で、先輩達は必死に活動・運動を展開し、様々な事に挑戦していきました。基地の返還運動・防衛医科大学校病院の誘致。現在のこのまちの一翼を担っている部分です。そして、20周年以降は現
在も脈々と受け継がれている「航空発祥の地 ところざわ」を柱とした活動・運動の時代に突入します。トータルにまちをデザインすることで航空発祥の地をPRしていこうと、鳥人間コンテストへの参加や所沢市民憲章の制定、航空記念公園駅の駅舎を飛行機をモチ
ーフとしたモダンなデザインのものにするなど、徹底的に航空発祥の地にこだわった活動・運動を展開したのです。35周年以降は環境に対する関心が高まり、1999年に起こったダイオキシン報道を機に、所沢の自然や環境に目を向けた活動・運動が展開されました。ほんの少し歴史を振り返ってみただけでも、これだけ多くの事を先輩達はその時代に必要とされるニーズの中から掘り起こし、懸命にこのまちのために尽力してきたのです。昨年、創立45周年を迎えた私達社団法人所沢青年会議所のメンバーは、46年目の年に何を感じ、何を思い、行動して行くべきなのでしょうか。
環境は整ったまち。そして次へ・・・。
人口34万人のまち所沢。県内でも有数の大規模な都市です。都心に近く非常に利便性が高いという地理的条件や、整った生活環境により、多くの人々がこの所沢に移り住んできました。これは、一見都会的に洗練されたまちに人々が集まって来たように見えます。しかし、視点を変えると「住むのには便利なまち」として集まってきた人がほとんどなのではないでしょうか。そうです、このままでは、このまちは本当に「特色の無い単に便利なまち」になってしまうのです。子どもから大人まで忙しい人々が増えているこの時代に、まちづくりを行っていこうとする時、一度に多くの事を投げかけたとしても、それに気づく事さえ難しく、反応を示す事の出来る人はさほど多くはないのかもしれません。でも、方法はあるはずです。活気に満ち溢れたまちや、盛り上がりを見せているまちを覗いて見ると、そこには必ずと言っていいほどその元となっている何か(something)が存在しているのです。
46年目からの第一歩を踏み出した(社)所沢青年会議所にとってのこの時代の役割とは、まさにそのsomethingをもう一度真剣に考え、まちの人々に発信していく事にあるのではないかと考えます。ただ暮らしているだけではなく、無関心ではなく、少しでいいからまちに目を向け、まちの事を知り、まちの為に自分に何が出来るかを考え、実践してもらえるような仕掛け作りを構築することが必要なのです。そして、このまちに住む人々のまちに対する意識が「住むのには便利なまち」から「大好きなまち」へと変化した時、このまちには今まで以上の価値が生まれてくるのではないかと思います。
子ども達は変わっていない・・・。
最近、子ども達がおかしくなっているというような事を耳にします。しかし、今も昔も子ども達の本質は変わっていません。変わってしまったのは、子ども達を取り巻く環境なのです。例えば、私達が子どもの頃、学校で先生に叱られ家に帰り、その事を両親に話すと、「お前が悪い」と逆に両親からも叱られたものです。ところが今はどうでしょう?両親が教師に子どもを叱ったことをクレームとして投げつけるというのです。また、反対に学校では、一年間受持った子どもの名前を覚えない先生がいたという話を聞いたことがあります。いずれの話も子ども達が原因なのではなく、私達大人に原因があるように思えます。子ども達は大人達を見ているのです。学校にも様々な問題はあるのかもしれません。そして、家庭にも様々な問題があるのかもしれません。それならば、私達(社)所沢青年会議所は、家庭とも学校とも違った所で、違った形で子ども達を育てて行く必要があるのではないかと考えます。個人のプライバシーが尊重される世の中ではありますが、少しくらいお節介でも良いのかもしれません。私達が、私達にしか出来ない形で、子ども達と
関わり、色々な事を見たり聞いたりさせてあげる事が出来れば良いのではないかと思います。そして、その子ども達が大人になり、親となった時、「ところざわにはこんな大人がいて、こんな事をしてくれた。だから私はこのところざわのまちで育って良かった。だから私はふるさとところざわが大好きです」と思ってくれれば幸せな事だと思います。
学ぶこと・・・。
青年会議所の活動・運動を行っていくうえで欠かせないものがあります。研修です。様々な団体がある現代社会では、研修を生業としている企業などもたくさん存在し、お金を払えばすばらしい研修が受けられる様になりました。しかし、青年会議所には元々研修をつかさどるステムが備わっているのです。私が入会したての頃、埼玉ブロック協議会のアカデミー研修委員会に出向したことがあります。そこでは様々な研修が行われていました。正直、その時は「なぜこんな事をしなければならないのか」と違和感を覚えたことを記憶しています。しかし、その違和感は真剣に研修と向き合う事で一蹴されたのです。研修とは座して学ぶものと、実践の中から学ぶものがあり、座して受ける研修も、事業や例会といった活動も全てが研修であるということです。私達青年会議所の行っているものは全てが総じて研修と言っても過言ではないのです。まちづくりや企業活動を行っていくうえで必要な知識や経験を得ること、それを各自が持ち帰り、社業の中や地域で活用することは、青年会議所メンバーとして実践してほしいことであります。せっかく青年会議所に入会したのだから、学ぶチャンスを活かしてほしいのです。
また、研修もその時代に合わせて進化していかなければならないものであると考えます。
基本となるものは揃っています。次は進化です。今の時代に本当に役立つ研修を創ることに挑戦していくことも必要なのです。それもまた研修なのですから。
本当の仲間・・・。
青年会議所には色々なタイプの人間がいます。100人いれば100通りの考え方があり、100通りのやり方やペースがあるはずです。そして、この100人は間違いなく青年会議所という組織の中にいる仲間なのです。私が経験させてもらった13年という時間の中にも、たくさんの仲間がいました。その時、その場所、その瞬間を共にしてきた仲間がいました。そして、その仲間がいた事がどれほど心強く感じられたことでしょう。
私がはじめて委員長を経験させて頂いた時の話です。今までに全く経験の無い事業を担当していました。事業実施日が近づくにつれて徐々に思考が止まり、周りが見えなくなった時、当時の委員長達が誰からとも無く声をかけ合い、私達の委員会を助けに来てくれたのです。本当に心強く、本当に有難い気持ちでいっぱいになったことを覚えています。
たまに「貸し借り」という言葉を耳にします。「あいつには借りがある・貸しがある」そんな事を耳にするのです。でも例会に来てくれた事が借りなのでしょうか?行った事が貸しなのでしょうか?私はそうは思いません。本当の貸し借りとは、本当に困った時に黙って助けてやれるかどうかということなのです。相手の状況を理解してあげられるかどうかなのです。例会に行くことはメンバーの義務です。例会に来てもらう事は担当の努力です。それぞれを怠った時、この組織で行っているものは無意味になってしまいます。様々な事情を抱えながら全てのメンバーが青年会議所活動・運動を行っている中で、メンバーの心づもりとして、全ての事に出席しようという努力はするべきです。しかし、どうにもならない時にどうするのかを考える事が大切な事であると私は思います。そして、そこに貸し・借りという言葉が生まれてくるのです。甘えるのではなく、最善の努力をし、全員が少しの理解と努力を真剣に考え動き出した時、本当の結束が生まれるのではないかと私は考えます。また、(社)所沢青年会議所には多くの先輩達がいます。(社)所沢青年会議所の歴史を刻んできた愛すべき同胞であり、我々のよき理解者であり、感謝すべき存在の人々です。45周年という節目の年を終え、46年目を歩みはじめた我々現役メンバーは、この多くの先輩達が築き上げてきた歴史にもう一度改めて感謝し、足元を見つめ直し、青年会議所活動・運動に取組んでいく必要があると感じています。先輩達は黙って私達現役メンバーを応援してくれています。私は、先輩達のその温かい心を力に変え、青年会議所活動・運動に取組んでいきたいと思います。
新しい風(仲間)を・・・。
(社)所沢青年会議所の急務として挙げられるものがあります。会員の拡大です。全国的に見ても、会員の減少に歯止めのかからない状況が発生しています。青年会議所に対する噂や情報が先行し、会員拡大につながらない状況がある事は事実であります。しかし、手をこまねいている訳には行きません。私達の活動・運動は決して恥じるものではないはずです。青年会議所にはまだまだ魅力があるはずです。やれることがあるはずです。新しい風を入れることで、活性化する事がたくさんあるはずです。その為に、今は全力で、メンバー全員で会員拡大をがんばっていきましょう。共にまちづくりを進める仲間を増やしましょう。これからも(社)所沢青年会議所が続いていくために。
最後に・・・。
2013年には創立50周年を迎えます。10年続けば老舗と言われるこの時代で、組織として50年続く事、それは素晴らしい事です。多くの先輩が積み重ねてきた努力、今を生きる現役メンバーである私達が真剣に行ってきた事、全てがあって今があるのです。時代は常に超高速で変化し、それに追いついて行く事に必死になっている状況である事が現実の状態であると思います。しかし、私達(社)所沢青年会議所のメンバーは、全員が今出来ることを真剣に考え、ただ前進していかなければなりません。このまちの為に前進していかなければなりません。泥臭くっていい、青臭くっていい、自分たちが思う理想に向かって一歩一歩前進していきましょう。そこには絶対あるはずです『大好きなまちところざわ』の姿が。
私は理事長として、『大好きなまちところざわ』の為に、メンバー全員と共に一年間邁進して行きたいと思います。
【所信】感謝そして新しい一歩 【直前理事長・未来会議議長】木村良孝
昨年45周年という節目の年を、私は理事長として過ごさせて頂きました。そこには様々な驚きや、喜び、感動、そして大きな感謝がありました。伝翔~今までの感謝をこれからの元気に~をテーマに実施させて頂いた記念式典・記念事業・記念誌出版と45周年記念行事が終わる度に、社団法人 所沢青年会議所の歴史を振返りながら、大勢の先輩方が刻んできたもの、そしてこれから私たちが刻んでいくものを改めて心の中で確認し、もう一度しっかりと前を向いて進んでいく決意を固めさせて頂いた一年でありました。
そして本年は、次の大きな節目の年である50周年に向けての新しい第一歩を踏み出す年です。ビジョン2013を掲げ、大好きなまち「ところざわ」のために力強い一歩をメンバー全員で踏み出す年です。この混沌とした時代の中で私達が目指すもの、それは未来永劫変わる事のない「明るい豊かなまちづくり」であり、このまちにおいては、住んでいる人々が心から所沢を「大好きなまち」と思えるようになる事であると私は考えます。メンバー皆さん、さあ行きましょう、未来に向かって。さあ行きましょう、大好きなまち所沢のために。さあ行きましょう、自分達の信じる道を。
私は直前理事長として、田中理事長を支え、メンバー皆さんと歩を共にし、昨年の感謝を忘れる事なく、卒業年度である2009年を悔いの残らぬよう邁進する所存です。
【所信】自分のまち 【副理事長】平岩敏和
我がふるさと所沢は都心から程近く交通至便であり、武蔵野台地の自然が色濃く残る地理的にも環境的にも非常に恵まれた地域です。都市機能と豊かな自然の両面を兼ね備え利便性も高いために多くの人々が移り住み、現在では34万人を超える人々が暮らす県内でも有数の市として発展を遂げてきました。しかし、増加する人口とは裏腹に、人々のまとまりや活気、市民のまちに対する愛着心は次第に薄れてしまっているように感じてなりません。これは、当座の生活の場としては高く評価しつつも、所沢を誇りに思い、そして自分のまちと感じ、このまちに目を向け積極的に関わりを持ちたいと思う市民が少ないためであると考えます。そしてその原因は、所沢に誇れるものが何も無いのではなく、人々がまちの持つ魅力や可能性を十分に認識していないことにあると思います。
所沢は日本の航空発祥の地であり、2つのプロスポーツの本拠地を有するなど他市には無い様々な魅力があり、県西部地域の中心都市として経済的、産業的、文化的にもまだまだ飛躍する余地を十分に残した可能性に溢れたまちです。昨年度、社団法人所沢青年会議所は創立45周年の節目の年を迎え、来るべき50周年に向け、新たな運動・活動の指針となるビジョン2013を宣言いたしました。そのメインテーマとしても謳っている通り、まちづくりに取り組む我々は市制60年を目前に控え、この所沢が持つ魅力と可能性を広く市民に伝え、市民の心の拠り所となり誇りに思えるまちの顔を生み出し、心で繋がる一体感を醸成し、多くの人がこの地を自分のまちとして関心を持ち自ら進んでまちづくりに参加したいと思えるような運動・活動を展開する必要があると強く確信しております。
合わせて、我々の運動・活動の効果を最大限に引き出すためにも、今まで以上に積極的に情報を発信し、多くの人を巻き込んでいく仕組みを構築することが非常に重要であります。まちづくりは我々だけがやることでは無くまた、我々の力だけでは到底成し得るものではありません。我々の想いを広く周知して市民の中から賛同者や協力者を集め、同じ想いの基、共に手を携えながら行動を起こすことで、人が人を呼び、想いはまち全体に波及し、自ずとまちがひとつになれるのです。
2009年度、私は副理事長として、多くの市民がこの所沢を自分のまちとして感じていただけるような運動・活動を目指し全力で取り組んでまいります。



